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銅鐸や銅剣が発見された弥生時代の遺跡

我拝師山遺跡

 我拝師山の北麓にある弥生時代の遺跡からは、およそ200mおきに3箇所から計5本の銅剣と流水紋銅鐸が出土しました。いずれも山裾から300歩ほど上がった地点に埋蔵されていました。
 銅剣は平形銅剣で、それにはさまれるように眠っていた銅鐸は、高さ29.8㎝、重さは1.97㎏もあり、縦横無尽に流れる水模様のような流水文様が描かれています。この流水紋銅鐸が発見されたのは、昭和40(1965)年のことで、その8年後に大阪府茨木市の東奈良遺跡でこの銅鐸のものと特定できる鋳型が発見されました。さらにこの鋳型から生まれた兄弟銅鐸といえるものが大阪府豊中市の桜塚から発見されていることも分かりました。
 市内では我拝師山遺跡のほかにも、大麻山や陣山、瓦谷などで銅鐸や銅剣が出土しており、銅剣は県内で発見された63本のうち27本が善通寺市内出土で最多を誇ります。陣山出土銅剣は善通寺市立郷土館、我拝師山遺跡や瓦谷出土銅剣は東京国立博物館で保管、展示されています。
 数多くの銅剣があり、遠くで作られた銅鐸を所有した当時の人々の営みは一体どのようなものだったのか、想像が膨らみます。

※我拝師山遺跡付近は現在キウイ畑になっています。


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