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激動の時代を超え、今も使われ続けるまちの玄関

JR善通寺駅

JR善通寺駅は明治22(1889)年5月、讃岐鉄道会社の駅として使われはじめて以来、この場所にあります。当時は琴平~多度津~丸亀間の約15.5kmの鉄道で善通寺や金刀比羅宮への参拝客が多く、巡拝鉄道とも呼ばれていました。そのため“上のぼり列車”とは、今とは逆の琴平方面行きのことでした。
 その後、明治39(1906)年に国有鉄道法により国に買収され、大正11(1922)年秋には陸軍大演習の開催に合わせて駅舎を大改築しました。さらに平成3(1991)年に改築し、屋根が寄せむねづくり棟造になったものの、表玄関やホームには大正の頃の木組みがそのまま残されています。平成14(2002)年に駅の本屋、1番ホーム上屋、2番ホーム上屋、跨線橋が国の登録有形文化財に指定され、また、善通寺駅は平成21(2009)年に経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されました。 大正時代に造られた石段を踏み駅舎を出ると、町並みのむこうに五岳山の緑が望めます。さあ、善通寺市の時間旅行に踏み出しましょう。


ホームの北側に架かる跨線橋は明治22(1889)年のもので、骨組みには輸入されたレール材(Barrow Steel製)が使われています。大正時代の構造がそのまま残されています。


ホームの天井には大正時代の木組みが残されています。


善通寺駅の桜

 善通寺駅の東に位置する駐車場の一角に桜の大樹があります。かつては、駅の東、現在の善通寺多度津線を挟んだ所に旧陸軍第11師団の将校官舎があり、その庭に咲いていた桜の木を移植したと伝えられています。
 戦前の善通寺駅は東からも出入りすることができ、この場所で出征兵士の見送りが行われていました。昭和12(1937)年に日華事変が起きると、「赤紙」の召集令状により多くの兵士が戦地に赴くこととなり、日の丸の旗を持った家族や大勢の人に見送られ、盛大な壮行会が行われました。この桜はそうした出征兵士を見送り、家族達を見守ってきました。
 時代が移り変わった今でも毎年春になると満開の花を咲かせます。市の玄関口である駅のホームからも目を引くこの木は、市を訪れる多くの人を華やかに出迎えています。



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